研究紹介コラム
認知症抗体医薬の実装がもたらす診断後支援と多機関連携の課題 ―今、改めて診断後支援について考えるー
Kae Ito, Shuji Tsuda, Taisei Wake, Akira Hatakeyama, Fumiko Ogisawa, Mayuko Ono1 Riko Nakayama, Tomoko Wakui, Nobuko Nagano, Atsushi Iwata
Reframing Dementia Care in the Era of Disease-Modifying Therapies: Informational, Psychosocial, and Systemic Insights from Japan,
BMC Health Services Research. 2026; 26.660 https://doi.org/10.1186/s12913-026-14472-8
センター長 井藤佳恵(精神科医)
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研究の背景
アルツハイマー病に対する抗体医薬(疾患修飾薬)が登場し、認知症医療は大きな転換期を迎えています。一方で、抗体医薬は「薬を導入すれば終わり」という単純なものではありません。対象となるのは主に軽度認知障害(MCI)や軽度アルツハイマー病の方です。治療には点滴通院や画像検査、副作用の確認など継続的なフォローが必要です。本剤による治療に期待を寄せたけれども「適応外」と判断される人や、途中で治療中止の判断になる人もいます。
抗体医薬の登場によって、診断後支援ニーズは変化するのでしょうか。本研究では、抗体医薬専門外来を受診した患者と家族、そして医師、看護師、心理士、ソーシャルワーカー、地域支援関係者など計48名にインタビューを行い、抗体医薬の時代に求められる支援について検討しました。用語解説:診断後支援
診断後支援とは、認知症の進行に応じて生じる、患者とインフォーマルケアギバー(たとえば家族介護者)のケアニーズを充足させる、包括的で切れ目のない支援です。 -
結果:診断後支援ニーズ
1必要な人に必要な情報が届かない
今回の研究では、多くの本人・家族が「どこに相談すればよいかわからなかった」と語っていました。特に高齢の家族では、インターネット検索が難しく、テレビや新聞、口コミが主な情報源となっていました。一方で、ネット上には不安をあおる情報も多く、「副作用が怖い薬」といった偏ったイメージが先行する傾向も見受けられました。
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2「いったん理解しても、記憶を保持することが難しい」
また、「説明を受けた時は理解したのだと思うけれども、何を説明されたのか思い出せない」といった声も聞かれました。認知機能低下がある人にとって、複雑な医療情報の記憶を保持することの難しさへの配慮が必要であることを示しています。
また、「説明を受けた時は理解したのだと思うけれども、何を説明されたのか思い出せない」といった声も聞かれました。認知機能低下がある人にとって、複雑な医療情報の記憶を保持することの難しさへの配慮が必要であることを示しています。
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3期待をこめて、理解が揺らぐ
さらに、説明されたときは本剤の効果と限界を理解していても、いざ治療が始まるときたいを込めて「治る」という表現に変わっていくことも観察されました。期待を込めて、理解が揺らぎ、そして落胆します。自らの状況を受け入れ、前を向いて歩いていくことを支援するための適切な補正が必要と考えられます。
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4すれ違う家族
抗体医薬に対する期待は、患者本人と家族、家族間でも、異なることの方が通常です。
「自分はもうやめたい気持ちもあるが、家族が期待しているので言い出せない」という患者の語りがありました。一方で、通院付き添いにかかる自分の生活のやりくり、経済的負担等が蓄積していく家族にも疲労や葛藤が生じていました。「効いている感じもないし、自分はもうやめてもよいように思う。だけれども、家族が大変だからやめさせた、という風にはできない」という家族の語りもありました。
だからやめるように働きかけるのがよい、ということではありません。そういう気持ちになることもある。続けようと思うこともある。そのような揺れる思いを受け止める場所が必要なのです。 -
5再構築される家族
「抗体医薬の対象にならなかった後」の支援も重要です。適応外と説明された患者・家族の中には、「見放された気持ちになった」「とても傷ついた」と語る人もいました。薬の適用の有無が自尊感情を傷つけるかもしれないということを、私たちは知っていなければなりません。
人は、必要な時間をかけて、自分が置かれた状況と折り合っていきます。初めは非薬物療法に目を向ける気持ちになれなくても、しばらくして地域包括支援センター等の支援機関につながる気持ちが出てきたりもします。そのような方たちから、「薬だけではなく、地域での活動や人とのつながりも大切だと思えるようになった」という語りがありました。
抗体医薬の適応がない=支援対象ではない、ではありません。むしろその時こそ、地域支援や非薬物的支援につなげる役割が重要になります。認知症支援推進センターや地域包括支援センター、家族会、認知症カフェなど、地域にはさまざまな支援資源があります。抗体医薬の時代だからこそ、医療と地域支援をどうつなぐかということが大きな課題になります。 -
6「治療につながらなかった人」への支援も大切
抗体医薬に対する期待は、患者本人と家族、家族間でも、異なることの方が通常です。
「自分はもうやめたい気持ちもあるが、家族が期待しているので言い出せない」という患者の語りがありました。一方で、通院付き添いにかかる自分の生活のやりくり、経済的負担等が蓄積していく家族にも疲労や葛藤が生じていました。「効いている感じもないし、自分はもうやめてもよいように思う。だけれども、家族が大変だからやめさせた、という風にはできない」という家族の語りもありました。
だからやめるように働きかけるのがよい、ということではありません。そういう気持ちになることもある。続けようと思うこともある。そのような揺れる思いを受け止める場所が必要なのです。 -
7「誰が支えるのか」ということのあいまいさ
「主治医に相談すればよいのか」「抗体医薬を実施する病院に相談すればよいのか」がわかりにくい、という声も多く聞かれました。
抗体医薬を行う専門医療機関と、これまで地域で診療してきたかかりつけ医との役割分担が十分整理されていない場面もあります。また、抗体医薬実施医療機関では、点滴や検査対応で手一杯となり、生活支援や心理的支援まで十分対応できない現状もありました。
そのため今後は、抗体医薬実施医療機関、かかりつけ医、認知症疾患医療センターの連携、そして、地域包括支援センターなど地域の支援機関との連携を進めていく必要があります。 -
よりよい支援に向けて
抗体医薬の登場によって、認知症医療は大きく進歩しました。そして今回の研究でより明確に可視化されたことは、「薬だけでは認知症支援は完結しない」ということです。患者さんやご家族は、病気への不安、将来への戸惑い、人間関係の変化など、さまざまな課題と向き合っています。抗体医薬の時代は、「薬がある時代」であると同時に、「改めて診断後支援の意味が問われる時代」なのかもしれません。
本研究の結果の一部を、リーフレットにして公開しています。