研究紹介コラム
認知症の新しい治療薬(アミロイドβ抗体)に関する問い合わせ相談対応マニュアル作成に向けた取り組み
Ito K, Tsuda S. Effects of clinical stage, behavioral and psychological symptoms of dementia, and living arrangement on social distance towards people with dementia. PLoS One. 2025;20(1): e0317911.

認知症に対する新しい治療薬の普及に伴い、多くの医療機関で同薬に関する問い合わせに対応する必要性が高まっています。そこで幅広い医療機関で活用できる問い合わせ対応マニュアル作成に向けて、当センターに寄せられた治療薬に関する問い合わせの記録内容を整理しました。
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1問い合わせ件数の推移
2023年12月21日から2024年2月15日の期間に当センターに寄せられた認知症の新薬に関する問い合わせ総数は244件でした(情報収集は、当センター認知症疾患医療センターにて相談業務に従事している精神保健福祉士が実施)。
図1を見ると、2023年12月25日以降の問い合わせ数が急増しています。これは新薬による治療についてNHKをはじめとする各局で報道されたことの影響が大きいと考えられます。その後は、当センターの広報活動と連動して問い合わせが増加しているようです(図1)。問い合わせ元の多くは家族で、ついで本人、医療・専門機関、友人・知人が続いています(図2)。図1 問い合わせ件数の推移図2 問い合わせ者の内訳 -
2問い合わせの内容
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1)患者・家族から治療外来の予約を目的とした問い合わせ(一部抜粋)
本人、家族、かかりつけ医の意向が一致しない場合の対応から、治療実施の詳細、費用面に関する問い合わせが含まれていました(詳細は表1を参照)。
表1 患者・家族からの外来の予約を目的とした問い合わせの分類
内 容
詳 細
1.関係者間の治療方針の相違 ・自分は受診したいが配偶者が受診に消極的でかかりつけ医へ紹介状を依頼できないがどうしたらいいか
・本人は、少し遠いので後ろ向きだが、家族としては家族のためにも治療を受けてほしいがどうしたらいいか
・かかりつけ医に依頼状を断られたがどうしたらいいか
・かかりつけ医から受診の必要は無いと言われ紹介状準備が難しいがどうしたらいいか2.治療適応 ・福島だが投与に通いたい
・韓国から自費で予約したい3.他の医療機関の情報 ・関西ではどこの施設で受けられるか
・北海道でレカネマブ※)を使っている所はあるのか
・神奈川で投与可能な医療機関は知っているか4.治療開始までの流れ 外来の流れを知りたい 5.治療効果 ・現在内服している薬がレカネマブ※)投与に影響がないか 6.経済的負担 ・費用が知りたい -
2)患者家族からの受診予約を目的としない問い合わせ
認知症の新薬に対する基本的な情報が広く求められていました(詳細は表2を参照)。相談者は受診予約を決断する以前の段階にあり、新薬に関する情報を収集していることがわかります。
表2 患者・家族等からの、受診予約を目的としない問い合わせの分類
内 容
詳 細
1.関係者間の治療方針の相違 ・自分は受診したいが、かかりつけ医から適応がなく紹介
・状も作成できないと言われ困っているがどうしたらいいか2.治療適応 ・祖母・母共に認知症で自分も最近、頭がもやもやするので投与を受けたい
・希望したら治療を受けられるか
・外国人でも投与できるか
・若い人が優先されるのか3.他の医療機関の情報 ・関西ではどこの施設で受けられるか
・北海道でレカネマブ※)を使っている所はあるのか
・神奈川で投与可能な医療機関は知っているか4.治療開始までの流れ ・本人の同席なく患者家族が先に医師へ相談できるか
・投与を受けるにはどうしたらよいか
・タイ国から受診するにあたって予約に必要なものを具体的に知りたい
・どんな検査をするのか(採血するか、人によって検査が変わるのか)5.治療スケジュール ・定期の通院は多少前後してもよいのか 6.治療効果 ・効能期間はどれくらいか
・副作用はどうか
・今、飲んでいる認知症を遅らせる薬とどう違うのか7.経済的負担 ・費用は結構かかるか
・保険適用になるか -
3)医療機関その他の専門機関からの問い合わせ
都内の区役所から「先にPET検査可能な他院へ紹介してもよいか」、医療機関から「医療費自己負担割合別の治療費用概算」、「レカネマブ※)の概要」、「抗体医薬の適応患者の紹介の可否」、「抗体医薬※)の適応がない患者について、家族の強い希望による紹介の可否」、「海外からの受診方法」、「レカネマブ※)の同意書の取得の有無、取得するとしたらその目的とタイミング」に関する問い合わせがありました。
用法や費用など基本的な事項や適正使用ガイドラインに掲載される事項についての問い合わせが中心で、認知症診療を行っている医療機関の医師であっても、新薬に関する基本情報の周知が十分でないことがわかります。※本稿における抗体医薬・レカネマブとは、認知症の新しい治療薬である抗アミロイドβ抗体のことを指しています。
図3 相談・受診予約から新薬投与までのプロセス
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3まとめ
当センターに寄せられた認知症の新薬に関する問い合わせは、治療に向けた準備から治療の実際に至るまでの、幅広い内容を含んでいました。
新薬の投与は昨年始まったばかりであり、現在も様々な問い合わせへの適切な対応が求められています。本知見が多くの相談員の活動の一助となること、またマニュアルの作成を通して患者・家族が新薬に関する情報支援を得て、希望に沿った治療が受けられるようになることを願っています。一般の方向けに、抗体医薬についてわかりやすく説明したパンフレットを公開していますので、こちらもご利用ください
紹介論文:
小野 真由子,畠山 啓,齋藤 久美子,井藤 佳恵.認知症の抗体医薬に関する相談対応マニュアル作成に向けた取り組み―認知症疾患医療センターに寄せられた問い合わせの分類(2024).老年精神医学雑誌,35(5),491-501.